11/23 あおう会・創造の集い -2 [あおう会]
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11/23 あおう会・創造の集い -1 [あおう会]
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7/11 あおう会・創造の集い (価値観 4) [あおう会]
私はよく「人生劇場」に例えて話します。舞台上の自分は何かの役柄を演じているだけで、視座を変えて観客席から舞台上を見る側をイメージするのです。
これは視座をどこに持っていくか、というお話です。「自分」という物があれば、「自分」なりの見方でしか、物事を見ることができません(アリの視点)。自我を無くしていって、本来の自分の視点から物事を見る事が重要なのです。
さて、あおう会でのKさんのお母さんのお話に戻ります。
Kさんのお母さんの「本当の自分」は何を思考していたのでしょうか?
「大金が当たったら困っている人を助けてあげたい」と思うのは確かに素晴らしい事ですが、この思考は「自分にはお金がないので困っている人を助けられない」という事です。
「自分にはお金がないので困っている人を助けられない」という思いが実現しているのです。
Kさんは、「今の自分」と「本来の自分」の思いが相違していると捉えて「なぜ思い通りにならなかったのか」という疑問にぶつかっていましたが、「本来の自分」の視点から見れば、「思い通りになっていた」という事です。
「自分」というものがあれば、「自分」なりの見方でしか、物事を見ることができません。自分が何を選んでいるのかも不透明になっていくのです。
思考は実現していきます。人は一つの物事に対して、良い事も、悪い事も思考してしまいますから、より強く思考した方が実現していきます。自分の心を知らなければ、人生には好都合も、不都合も、起きてくるのです。
人は、自分が成長していく過程で、「先入観」や「偏見」、「固定観念」、「思いこみ」という、「信念」とうフィルターを持ってしまいます。全ての物事には自分の解釈・価値観が入っています。本来の自分の視点から物事を見る事が重要です。
全ての人が、観客席や、一番高い木の上から、その世界を見渡せるもう一人の自分を持っています。誰もが本来の自分が、舞台上の自分を導いていける素晴らしい存在であることを忘れているだけなのです。
自分を無くす(解放)して行くには、全ての物事を褒めるのです。自分の観察日記を付けて、自分の思考を知り、訳もなく全てを「あ・お・う」と思い直し、自分の中の偏った価値観を壊していくのです。
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7/11 あおう会・創造の集い (価値観 3) [あおう会]
7/11のあおう会「創造の集い」でのお話です。半年ぶりにいらっしゃったKさんの話を発端に「全て思い通り」というテーマで話が進むことになりました。
Kさんは、「今ここに居ると感じている自分」の思いと、「宇宙から自分自身を見ている自分(本来の自分)」の思い、の相違についてお話をされました。
Kさんは「宇宙から」という言葉を使っていますが、要は「舞台上に立っている自分」と「観客席から舞台を見ている自分」の方がブログを読んでいる方には判りやすいかもしれません。
実は数年前にKさんのお母様が宝くじを買いました。「全て思い通りになるのなら、この宝くじで1等を当てて、困っている人たちに全て寄付をしたい」と言うお話をされていました。
Kさんは、お母様の話を取り上げて、「全て思い通りになるのなら、どうして母の願いは叶わなかったのか?本来の母の思いと何が違っていたのか?」といったお話をされていました
あおう会は、講師や先生が何かを教わったり、結論を教わる会ではありません。その時その時の参加者との対話から自分自身に気付いていく場所です。まずは参加者全ての人の、思い思いのお話が始まりました。
「偽善は叶わないって事じゃないの?」
「叶う思いと叶わない思いがあるんだよ」
等々、様々な意見が出ました。
全て自分の思い通りになるなら宝くじを買って、当たった様子をイメージすれば当たるんじゃないか? というのは初めは誰もが思います。しかもKさんのお母様は当たった後の使い道まで、イメージをしています。
創造の集いは、アリの視点と、アリを見ている人間の視点で話が進みました。アリは自分から見えている小さな世界が全てです。人間から見れば、アリがどこに向かおうとしているのかは一目瞭然です。アリの視点で物事を見ていれば、いつまで経っても、人間から見た視点で、世界を見渡せないのではないのか。つまり自分が思考している事、全てが見えていなければ、自分の心が何を選んでいるのかが判らないのではないか。
こんなお話が展開されました。では本当の自分が何を思考しているのでしょうか?
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6/19 あおう会 –2 [あおう会]
「ガンから生還した僧侶」杉浦清始さんの奥様は「ありがとうございます」の達人です。いつも元気にニコニコして、はっきりとした大きな声で楽しそうにお話をされます。
奥様が育てている野菜の話がとても面白く不思議でした。野菜を無農薬で育てると、どうしても虫がついてしまう。そこで奥様は、虫の食っている葉っぱを撫でて「虫さん、ありがとうね。食べるのはこの葉っぱだけにしてね」と毎日繰り返しているのだそうです。
すると葉っぱを見たご主人がビックリ! なんと、「この葉っぱだけにしてね」と言っている葉しか、虫が食っていないのだそうです。不思議ですね~。
この話しを聞いて、ふと思い出した事があります。有森裕子さんが引退マラソンの前に「ありがとうございます」について、不思議な話をしていたのです。
マラソンをしている時に、沿道で警備している人達や、応援している人たちを見て「ありがとうございます」。「この人たちのおかげで自分は走れているんだ」そう思って頭を下げると、 なぜか、スっと、前の人を抜くことができるのだそうです。
不思議ですねぇ~。
あおう会には、「へぇ、そんなものかなあ」という人や、「ありがとう。と言うだけで果たして変わるのかどうかは疑問」という人もいます。そういった人達は頭がいいと思うのです。考えすぎるのです。
「言葉はタダなんだから、どうせ話すなら、面白い事、楽しい言葉、人が喜ぶ言葉を使いましょう」等と話しをすると、なんで? どうして? と理由を欲しがります。こういった人の多くは、自分の人生を「不自由」だと感じている事が多いのです。
それは親であったり、先生であったり、学校や会社、社会の制度に従わざるを得なかったという思いが強い人達です。思考の方法を提供しているに過ぎないのに、「従わされている」と感じて、受け入れられません。
自分の思い通りにいっていない。絶えず他人の思惑で動いてきた。環境が悪い。自分の周りが悪い。等といった思いを多く持っています。
自分と異なった思考に出会うと、異なった思考を受け入れる事は「従う事」「強要」「責められている」かのように感じるのです。
物事には数多くの正解や考え方があるにもかかわらず、「自分の思い」というたった一つの思考しかできなくなっています。「自分と異なった思考」を拒否できる理由を探す事には、非常に上手なのです。
頭のいい人は、「理解できない事」「理屈、道理に合わない事」「未知の事」「人と違う事」「失敗しそうな事」「恥ずかしい事」「非常識な事」「嫌な事」をしようとしません。
自由になることとは
・ あらゆる先入観
・ 偏見をともなった予測
・ 他人と比較する習慣
から自分自身を解き放っていくことです。
エジソンは1万回を超える白熱電球の発光実験をして、見事に長時間発光に成功し、巨万の富を得る事が出来ました。頭のいい他の科学者達は「長時間発光などできるはずが無い」と実験をしようとはしなかったのです。
「できるはずが無い」「常識的に考えて無理だ」という思い込みこそが、自分自身を不自由にしています。馬鹿になりきりましょう。
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